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新しい情報 (普段のブログは次から書いてます)

「視覚障害者と一緒に楽しむ写真教室」

こちらのイベントは終了致しました。次回開催が決定いたしましたら、告知させて頂きます。



第四回 視覚障害者と一緒に楽しむ写真教室

御好評頂いている視覚障害者と一緒に楽しむ写真教室を3月に開催致します。視覚障害者の方だけではなく、様々な方に参加していただきたいので一般の方も参加頂ける写真教室となっています。今回からは健常者の方はアイマスクを着用し、仮想視覚障害者を体験してもらいながら写真撮影、食事を行ってもらう予定です。
世の中を様々な視点で見ることがどれだけ興味深いことか体験できる1日になることを期待しています。
参加者には後日、当日撮影した写真の数枚を凹凸コピーしたものを差し上げます。
ご興味などございましたら、お気軽にご連絡下さい。


日時:3月25日(日) 9:00〜16:00 (雨天決行)
集合場所: JR吉祥寺駅南口改札前(京王井の頭線吉祥寺駅の場合、改札を出て階段を下りてすぐの場所)に9:00集合
参加定員:最大30名
参加費:2000円(交通費、昼食代、写真現像代などは個人でご負担をお願い致します。介助者の方は参加費は無料です。)
募集締め切り:3月20日
講師:尾崎大輔(http://www.daisukeozaki.com/)
追記:カメラは各自ご持参下さい。お持ちでない方はニコンのカメラを10台まではお貸し出来ますので、その有無をお教え下さい。お申し込みの際、必ず介助者の方が同伴するかもお教え下さい。いらっしゃらない場合はこちらで手配致します。健常者の方はよろしければ、視覚障害者の仮想体験をしてもらうので二人のペアで参加していただければ幸いです。一人の場合は当日、どなたかとペアになって頂きます。
主催:日本視覚障害者芸術文化協会
申込先:080-6507-7746 もしくは info@daisukeozaki.com


新作 「ミルグラム」





個展 「ミルグラム」
会場 PLACE M (〒160-0022 東京都新宿区新宿1-2-11 近代ビル3F )
会期 5月28日(月)~6月3日(日) 12:00~19:00

トークイベント
写真家・尾崎大輔 × 文筆家・大竹昭子
会場 : PLACE M
日程: 6月1日(金)
時間 : 開場19:30 開演20:00
会費 : 900円
定員 : 60名(要予約)

予約は info@daisukeozaki.com もしくは ozaki@placem.com よりお願い致します。

普段のブログは次から書いてます↓

# by daisukeozaki | 2013-12-31 10:32 | Trackback | Comments(0)

展覧会「ミルグラム」で展示予定のない写真

展覧会で展示予定のない写真です。
ギャラリートークもまだまだ大丈夫ですので、宜しくお願いします。

# by daisukeozaki | 2012-05-22 20:36 | Trackback | Comments(0)

展覧会「ミルグラム」で展示しない写真(その1)

展覧会で展示予定のない写真のひとつです。
トークイベントの集まりがあまりよくないので、皆さん是非是非参加宜しくお願い致します。
頑張って興味深い話をしますので、宜しくです!!


個展 「ミルグラム」
会場 PLACE M (http://www.placem.com/)(〒160-0022 東京都新宿区新宿1-2-11 近代ビル3F )
会期 5月28日(月)~6月3日(日) 12:00~19:00
...
内容は女性のヌードです。ホームページ(http://www.daisukeozaki.com/)に数枚載せてあるので見てもらえれば分かると思います。
下記の予定でトークイベントもします。

トークイベント
写真家・尾崎大輔 × 文筆家・大竹昭子
会場 : PLACE M
日程: 6月1日(金)
時間 : 開場19:30 開演20:00
会費 : 900円
定員 : 60名(要予約)

撮影を通じて知り合った風俗嬢・AV女優などの体を売る女性や異常性癖の方の話をレヴィ=ストロースやフーコーなどの構造主義の観点から哲学・思想的に話す予定です。あと、私の最近やっている活動とかも話すとは思います。
トークイベントの予約はinfo@daisukeozaki.com もしくはPlace Mのtalk showのページ(http://www.placem.com/talkshow.html)から予約お願いします。

会期中の土、日はギャラリーの控え室にいると思います。
宜しくお願いします。

# by daisukeozaki | 2012-05-15 18:06 | Trackback | Comments(0)

ゴミ屋敷の住人と私達の違い

今日の撮影は夕方からで、家でくつろぎ中なので、久しぶりにblog更新します。

先日読んで結構面白かったので橋本治の「巡礼」を紹介します。

話自体はゴミ屋敷の主の話で、その人がどういう人生を送ってきたのかという話。ゴミ屋敷の主の人生もどこかにいそうな所謂「普通」の人の人生模様が描かれており、そこまでジェットコースター的なストーリーテラーでもない。文体もすこぶる読みやすい。

では、なぜ私がそこまで引かれたかというと、結局、私もゴミ屋敷の主とほとんど変わりがないという事だ。私だけでなく、人間誰しもがそうであろうと思ってしまう。

ゴミ屋敷の主は集めているのは「ごみ」ではなく、「有用なもの」で自分は意味のある事をしていると思ってゴミを集めている。私達も結局は自分やっている事になんらかの意味付けをして、さも「有用」で「意味」のある事をやっているのかもしれないが、それは結局、「ゴミ集め」にしかすぎないのではないか。
人間はやはり目の前に人参をぶら下げたような状態でないと生きてはいけないのではないか。
サルトルは人間は自由の刑に処せられると言ったが、実存主義のニヒルな部分を感じてしまった。

読みやすくてお勧めです。



橋本治著 「巡礼」 1400円(税別)

# by daisukeozaki | 2012-05-10 13:03 | | Trackback | Comments(0)

映画 『アーティスト』 ミシェル・アザナヴィシウス監督

今年のアカデミー賞の作品賞を受賞したアーティスト。
レディースデェイという事もあり、新宿ピカデリーは満席。

感想は普通に良い映画です。
とにかく映画の構成がすごくうまいのが目につく。
サイレント映画だから途中から飽きてくるのではと思っていたが、話のテンポがすごく良く、すごくうまく音の演出を使用している。
また犬のアギーの演技がすごくうまいが、犬に対して声をかけながら演技をさせるサイレントならではの演出も非常にうまかった。

主人公がなぜそこまでサイレント映画にこだわるかという掘り下げはやはり少ないが、この点を掘り下げすぎるのはサイレント映画という事もあり、かなり危険であると思う。

去年の英国王のスピーチといい、無難にデートなどで普段あまり映画を観に行かない人と行っても十分に楽しめます。

ちなみに昨日も観た「Drive」よりは似ている(?)話で今年観た韓国の「哀しき獣」の方が面白かったっす!!

# by daisukeozaki | 2012-04-18 23:24 | 映画 | Trackback | Comments(0)

映画紹介「別離」 アスガー・ファルハディ監督

本年度のアカデミショーの外国語部門賞を受賞した本作。
イラン映画だと「運動靴と赤い金魚」とかほのぼのした映画しか知らないけど、結構たくさん製作されているらしい。この映画はヒューマンサスペンスのような内容の映画。

予告編はこちら→http://www.betsuri.com/

イギリスで初めて住んだ地域がイスラム教徒の人が多く住む地域で、最初に出来た友達もイラン人であった。私の住んでいた地域では、ロンドンのバス爆破テロで、3人の実行犯がでた地域でもある。ただ、実際は柔和な方がほとんどで習慣として色々な宗教儀式はあるものの、こちらがある程度寛容的に接すれば全く問題ない人々に思う。日本みたいな新興宗教の勧誘的なものも一切ない。

そういった先入観もあった上で、イスラム教圏内の国の生活を土台にした映画を見るとなかなか興味深い。
映画の中に出てくるのだが、例えば、介護のヘルパーが女性で介助が必要な男性がトイレの失敗をした場合、下の世話することが宗教的に罪に問われる場合がある。さらに流産をさせてしまった場合は殺人罪が適応される。
一番の日本人との特異点は神への信仰の深さ。これが映画でも重要となってくる。

話は変わりますが、色々イスラム教世界の事が知りたいという方は、「テヘランでロリータを読む」という本がお勧めです。イラン革命時の話で、青春真っ盛りの子供がどういう宗教的制約の中で生活しているかなどが分かると思います。ただ、若干見方が偏りすぎているかもしれませんが。

映画自体は脚本がよく出来ており、かなりの多重構造で物語が進んでいきます。
内容的にはかなり良い映画だと思う。イスラムの世界の家族の話から普遍的家族の問題まで深く行き着いている部分があると思う。

けど・・・・(ここからちょっとネタばれが入るかも。)

単純に僕はこの夫婦がだめかも。子供が大事だからといって、結局、自分の事しか考えてない気がするし、こういう夫婦ってどこの国でもいると思うし、私はあんまり好きにはなれない。

だだ、良い映画だと思うので時間のある人は是非どうぞ。
「KOTOKO」の方がお勧めっすけど。

# by daisukeozaki | 2012-04-14 19:27 | 映画 | Trackback | Comments(0)

映画紹介『KOTOKO』 塚本晋也監督

公開初日に「KOTOKO」をたまたま時間が取れて鑑賞。
終わった後、色々と消化するまで時間がかかったので、展覧会用の写真のセレクトが出来ず、ぶらぶらと新宿御苑周辺の写真ギャラリーにいってしまった。

Coccoが精神に問題のある母親、KOTOKOを演じる親子のストーリー。
私にとってはあまりにリアルすぎた。

同じような境遇の女性とお会いする事も多々ある。
少し前に写真を撮らせていただいた女性はKOTOKOと同じように統合失調症を患いながら、三人の子供を育てていた。手には自損の後もあった。その女性は、10代の時にドラッグ中毒になった為、統合失調症を永遠にわずらうことになった。数多くの自損のシーンが出てくるが、昔あった人は手の甲に油をぬり、そこにライターで火をつけたこともあった。
映画の中では幻覚の中にかなり暴力描写がでてくるけど、実際はどこまで当事者たちにでているかはわからない。ただ、無表情の人間がこっちに襲ってくる感覚は自閉症の人の世界に似ているような気がする。
さらには、音の使い方。監督が舞台挨拶に時に、音量をかなりこだわったと言うように、一般には何の変哲もない音が自閉症の人にはノイズのように聞こえるあの恐ろしい音が映画の中でよく表されていたと思う。

歌を歌っているときだけ、世界はふたつではなく、ひとつになるとKOTOKOの台詞にもあるが、多くの天才と言われるアーティストは遠からず、同じように芸術という生易しいものではなく、生きる為に表現せざるおえない状態なのであろう。
原案と美術がCoccoとなっていており、且つ最後におそらく実の息子も登場している。ほとんどすべてがCoccoの見る世界を土台にしており、もちろん映画的虚飾はつけられているであろうが、本当にどこまでがリアルで、どこまでがフェイクなのかわからない世界に連れ込まれていってしまった。

決して見て楽しいと思う映画ではないけど、超お勧めというか、音の演出もあるので絶対映画館で見た方がいい映画っす!!

小説家として塚本晋也が登場してくるんだけど、ちゅっと村上春樹とだぶっておかしかった。

# by daisukeozaki | 2012-04-07 22:04 | 映画 | Trackback | Comments(0)

 美とは何か

おかげ様で、いやー、忙しい。
ちょっとblogを更新する暇というか、やる気もなかった。
今日は諸事情で撮影が一本ポシャったので、家でデータ処理して、のんびり過ごし中。
先日、ドストエフスキーの「悪霊」を読み終え、そこからちょっと小難しく「美」というものは何なのかについて思うところを。

視覚障害者の写真教室を開催していて、先日も好評頂いたのですが、なぜこの教室をやっているというと凄く個人的な理由から始まる。ソフィ・カルの作品で生まれてから目の見えない先天的盲人の方に「この世で最も美しいものはなんですか?」、「美とはなんですか?」と質問し、その答えを撮影するという作品がある。私は「写真は私たちの記憶を記録出来るのですか?」で私は答えを直接盲人の方に撮影してもらおうと思い、答えが“人間”であったので、私自身を撮影してもらった。

ドストエフスキーは「白痴」において最も美しい、無条件な美をもつ人間を描き、それを白痴とした。キリスト教の罪を憎んで、人を憎まずという教えを体現出来るのは白痴においてしかないということである。人類は愛せるが、隣人は愛せないのである。
そして、ドストエフスキーは「悪霊」において、この世は美でしか救えないと語っている。フランクルも「夜と霧」において、アウシュヴィッツの中での生存条件のひとつとして、美が見出せるかどうかという条件を語っていた。

ただ、今まで色々な方と直接お会いして撮影をしてきて感じたのは人間を無条件に美しいと私はいえるのかということである。

ここでカントの考えなのだが、美というものは目的を持たない目的、それだけで自己増幅を行うものであると捉えている。そこで刹那瞬で美を考えた場合、その瞬間でも運動を行っていると考えられ、美それ自体が完璧である必要はないということになる。

美が完璧でないとすれば、人間が美であった場合も完璧である必要はなくなり、人間がこの世界を救えるかもしれないということになるのである。

ということは、私が人間に美を見いだして、写真に記録していっても矛盾は生じないと勝手に解釈し、今日も一人の女性を撮影してきました。

# by daisukeozaki | 2012-04-03 22:45 | Trackback | Comments(0)

一斤のパン以上に価値のある芸術は存在するのか

おかげ様で結構忙しい。しかも今日納品する予定で焼いたプリントの一枚を家に置き忘れてしまい、明日再度納品する事に・・・。忙しいときこそ色々と注意せねば。

基本あまり現代アートに興味はない。よく写真は芸術なのかどうかという言説があるが、デュシャンも言っているが、写真が純粋芸術において絵画に勝る事はなく、現代においては芸術自体が存在するかも怪しいと思う。

ジャン・ボードリヤールのこの本は現代アートを鑑賞し、訳が分からないと思っている大多数の人の背中を後押ししてもらえる。
現代アート自体がすでに無価値・無内容に、ことさら無価値・無内容、無意味ナンセンスを要求し、無価値・無内容をめざすというわけだ。既に無意味なのに、ナンセンスをめざし、うすっぺらな言葉でうすっぺらを気取るのである。この側面の無価値・無内容の脅迫を通じて、逆に現代アートにとって無価値・無内容である事が重要なのだと鑑賞者に信じ込ませる。そして、現代アートが無価値・無内容であるはずがない、そこには何らかの深い意味・価値が含まれているのではなかろうかとメタ構造を探求する。
現代アートは視覚的なフォルムなどの形態ではなく、芸術村の人々がいう非視覚的な価値に移行されたのである。芸術村の人が全く知識のない私達に「この会社はこんなにも価値があるのだから、この株価は当然」とインサイダー取引をふっかけてくるのである。

そういった場合で現代アートを定義した場合、多くの写真が現代アートの範疇におさまってしまうのは悲しいかな事実であろう。



「芸術の陰謀 消費社会と現代アート」
ジャン・ボードリヤール(著)、塚原史(訳・解説)、NTT出版(出版社) ¥2400

# by daisukeozaki | 2012-03-14 23:47 | | Trackback | Comments(0)

映画紹介『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち 』 ヴィム・ヴェンダース監督

昼間の回を新宿バルト9にて鑑賞したのだけど、まぁーシャレオツな方がいっぱいでした。大体昼間だと年配の人が多いんだけど。
後、僕にとっては初めての3D。

確かに綺麗。ただ、当たり前だけど、ピナの舞台を実際みている僕としてはやっぱり本当の舞台の方が断然いい。
映画全体もダンスの舞台が多いので、ピナ自身がどういう風に舞台を作って、どのようなインスピレーションがあったのかなど深く突っ込んだところはほとんどない。友人のヴェンダースがピナの亡くなった後、映画を撮影したために、ピナ自身のインタビューは皆無。ピナの言葉は本当にドキッとするものがあるので、そこを個人的には観たかった。冒頭ピナが言葉にできない部分が存在すると語っている部分を引用したのはそのためであろう。

綺麗な映画である事は確かなので、劇場で鑑賞してみては。
大野一雄、しいては土方巽版を観てみたかった。

初3D自体は僕には合わなかった・・・。3Dにする必要とかあるんだろうか。なんか画面も眼鏡をかけることで暗くなってしまうし、これからどんどん増えてくるので改善も期待してやす。

# by daisukeozaki | 2012-03-01 20:42 | 映画 | Trackback | Comments(0)

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