写真家・尾崎大輔のblog


by daisukeozaki
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「ピダハン」 ダニエル・L・エヴェレット

素晴らしい本。「ヤノマミ」の情報量をさらに増やしたような本。その分、ストーリー展開はなくなるが、それを十分に補う情報量。

著者のダニエルは宣教師としてアマゾンの奥地のピダハン族にキリスト教を布教しよう彼らと一緒に生活を共にする。しかし、あまりにも文明社会とは違う生活をしているピダハン族に衝撃を受け、無神論者となり、そのまま生活をともにするのである。

ピダハンがなぜ今注目を浴びているかというと、「生成文法」という人間には普遍的で生得的な言語の根幹があると提唱するチョムスキーの理論が覆されそうな言語文化をもっているためである。
前半は彼らの生活習慣を中心に書かれており、後半はその独特の言語について書かれている。
内容を簡単に羅列すると、

・「こんにちは」、「すみません」「ありがとう」、「すみません」などの善意、敬意を表す言葉がない。全て行動で示す。

・赤、青、黄など色を表す言葉がない。緑だったら「まだ熟していない」という風に表現する。右や左を表す言葉がない。

・食べ物というものがそれほど重要視されていない。空腹は自分を鍛えるいい方法だと考えており、三日間ほとんど休みなしで踊り続けることもある。食料を保存する方法もない。

・将来を気に病んだりしないことが文化的な価値。しかし、だからといって怠惰なのではない。じつによく働く。

・儀式らしい行動がない。死んだ人物は埋葬されるが、特に儀式と呼べる行動はない。

・親類縁者を表す語(例えば、いとこ)が少ないので、血縁を基盤とした社会的制限も希薄になる。「いとこ」を表す言葉がないため、予想通りいとことの婚姻には制限がない。近親相姦は普通避ける傾向があるが、ピダハンの場合、ふた親とも同じ間柄や親や子、祖父母や孫など、禁忌の範囲がごくせまい。

・結婚の制度はあるが、離婚に対する後ろめたさはなく、比較的簡単に夫婦別れをすること、踊りや歌に乗じて乱交すること、思春期からあまりためらいもなく性行為を試している。以上のことを考えると多くのピダハンが多数のピダハンと性交を行っており、同じ町内に住むほとんどの隣人と性交渉があり、社会全体がそのことを善悪の基準で見るのではなく、たんにありきたりの人生のひとこまと見なしているような社会。

・集団的意識は強いのだが、他の村人に対して何かを命じるのは親子の関係であってもきわめて稀である。

・ものを数えたり、計算したりしない。数自体が存在しない。

・人が人生の区切りごとに同じ人間でなくなり、名前も変わってしまう。

・リカージョンがない。リカージョンとは簡単にいうと関係詞節(「ダンが買ってきた」針)みたいなもの。チョムスキーが提唱し、これによって有限である言葉の世界が無限へと変わることが可能になる。

・絵や写真など二次元のものは解読出来ない。写真を渡されると横向きにしたりさかさまにしたり、ここにはいったい何が見えるはずなのかと尋ねてきたりする。

上記にあげたのは本の一部でまだまだ彼ら独特の習慣、言語のことが書かれている。

なぜこのような文化が今まで生き残っているかというと、彼らは西洋文化をよいと思っていない。なので、西洋文化を受け入れていない。比較をしているというよりも、今の自分達の文化で十分満足しているのだ。個性や創造性を私達に必要とする文化はどれだけ精神的貧しさを含んでいるのか。

それを十分感じる名著。超超超おすすめ!!!!!


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by daisukeozaki | 2013-01-23 21:42 | | Comments(0)