写真家・尾崎大輔のblog


by daisukeozaki
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<   2011年 08月 ( 6 )   > この月の画像一覧

写真家の鬼海さんと

先々週、都写美で、先週は新宿のPlace Mで鬼海さんと話をした。お酒の席での会話は楽しかったが、時々ぐさっと記憶に残る話もされる。

「尾崎くんのような写真はゆっくりでいいから撮り続けないといけないよ。」
「これからが本当に大変だよ。」

正直、写真家というのもがここまでしんどいことなのか、始める前に想像などできなかった。精神的、経済的全てのものを含めてである。
よく引用するポール・ヴァレリーの言葉で、“作品を作る理由は自分の弱さからだ”というのが言い得て妙である。弱い存在であるから写真家であり続けられる。
これだけは、本気で面と向かって写真に対峙している人でないとわからない。「写真を何回ぐらい本気でやめたいと思ったことがありますか?」という私の質問に鬼海さんは「毎日だよ。」と冗談まじりに答えていたが、本心が全くないわけでもないであろう。
ダイアン・アーバスに私も鬼海さんも影響を受けているが、彼女の良くない所は写真を撮る期間が短すぎる、死を簡単に選びすぎたという意見は同じである。リアリティというのは幻想であるというアーバスの言葉があるが、それは幻想であり、どうしようもない問いを私に投げかけてくる。現実というものはここまでのものなのか、見なかった方が良かったのではと何度思ったことか。

鬼海さんが浅草の壁をバックに初めてポートレートを撮ったのが28歳で、今の私とちょうど同い年である。それから約40年写真を続けてこられた。
その方から続けるべきと言われているのだから、継続することによってき何かが見えてくるのではないだろうか。
東北訛りで「大輔くん」というあまりに人間的な鬼海さんから背中を押されたような気がした夏の一夜だった。
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by daisukeozaki | 2011-08-23 15:21 | Comments(0)
邦題は「未来を生きる君たちへ」だけど、原題はデンマーク語で「復讐」でそっちの方が僕はしっくりくる。

今回はちょっとストーリを説明すると、ある親子がいて、父親はアフリカの紛争地域で、恵まれない人達に医療行為を行うお医者さん。息子は学校でいじめられていて、そこに転校生が来て、その転校生が味方になってくれて、いじめっ子に復讐する。復讐は成功し、学校でのいじめはなくなる。ある日、父親が息子の元に帰ってきた時、ちょっとしたトラブルで、けんかをふっかけられる。しかし、父親は暴力によっては何も解決しないという考えの元で、相手には全く手を出さない。しかし、息子達は復讐によっていじめはなくなったという経験により、なぜやり返さないのか理解ができない。そのまま父親はまたアフリカに戻っていくが、息子達は父親にかわって、父親をけんかで殴った相手に対して復讐を企てる。一方、父親はアフリカで貧しい人達を助けている時に、“ビッグマン”と呼ばれる男が大けがをして運ばれてくる。彼は、子供や妊婦までをも切り裂くモンスターであった。


前に観た、日本映画の「ヘブンズ・ストーリー」も復讐は何を生むのかというテーマであったが、僕的には今回の「未来を生きる君たちへ」の方がよりカタルシスはあったと思う。
あんまり書くとネタばれになるので書かないが、映画として「ツリー・オブ・ライフ」を「未来を生きる君たちへ」の方がお勧めかも。

ビン・ラディンを殺したアメリカでこの映画がアカデミー賞の最優秀外国語映画賞とゴールデン・グローブ賞を受賞したのは意義深いことだと思う。
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by daisukeozaki | 2011-08-15 19:21 | 映画 | Comments(0)
5時に目が覚めて、眠気も全く無くなったので昨日観た「ツリー・オブ・ライフ」について。

たぶん、今年僕が観に行った映画の中では一番の話題作。カンヌのパルムドールを取っていて、徹底主義者で寡作のテレンス・マリック(前作とかはエキストラまでかなり訓練させたらしい。)なので、他のレビューとかで結構色々言われているけど、最低限のレベルは超えていると思って、鑑賞しに行った。

結果を先に言うと、僕はぼちぼち良い作品と思った。ただ、他の人から退屈という声が聞こえるのはわかる。
30分ぐらいしたら観客の2人ぐらいは帰って行くし、周りから鼾も聞こえ始めた。

感覚としては聖書の詩編を読んでいるような感覚かも。余白もかなりあり、世界観のスケールのでかさは今年最高級。逆に言わせれば、本をあまり読まない人がいきなり聖書を読むと結構きついのと同じ。そりゃ飽きますよ。台詞もかなり少ない。

父、母、子という三位一体のオイディプスコンプレックスが話の中心にはなっているが、ストーリーよりも映像といった感じの映画。たぶん、この三位一体もキリスト教とリンクさせてのものだと思う。

なので、興味のある人は映像がきれいなので劇場で観ることをお勧めしやす。
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by daisukeozaki | 2011-08-14 05:24 | 映画 | Comments(0)

ある写真家との出会い

高校を卒業し、センター試験の結果が良くなく、地元の志望校の大学は落ち、なぜか早稲田しか合格しておらず、どちらかというと仕方なく上京した。
東京での生活が始まったのは、王子駅から飛鳥山の方に15分ほど歩いた所にあるアパート。窓を開ければ、すぐに壁があり、日光は入らず、今考えると最悪の部屋だった。なぜそこにしたのかという理由らしい理由と言えば、両親は東京の土地勘は全くなく、親戚に頼った所、都電荒川線ならば直接大学に行けるため、そこに決まった。

大学に通いながら、出版社で仕事をし始め、その頃から写真に興味を持ち始めた。
写真を始める誰しもがそうかと思うが、当時はかなりの写真の量を見ていた。主に見ていたのは写真集から。もちろん、お金なんてないので、休みの日に自転車を池袋まで飛ばし、座れる本屋でひたすら写真集を見ていた。

そんなある日、王子駅の目の前の歩道橋でハッセルブラッドを首から掲げた男性とすれ違う。その男性が私の好きな写真家だとすぐに気づき思わず、声をかけてしまった。生まれてこのかた、面識のない人間に道で声をかけるなど、最初で最後だ。声をかけられた写真家はなんでも雑誌の仕事で王子の方に来ており、その後、私がした2、3の質問に丁寧に答えるとお互い挨拶をし、雑踏の中に消えていった。

その後、数年が経ち、写真集も出版でき、写真家の尾崎さんですと紹介されることにも慣れ始めてきた。そして、昔、王子であった私の好きな写真家に自分の写真見ていただきたいと思い、「数年前に王子駅の近くで声をかけさせていただいた尾崎大輔と申します。あれから年月も経ち、なんとか写真集も出せれるぐらいのカメラマンになりました・・・」と始まる手紙を添えて、写真集をお送りした。数日後、その写真家から「覚えています。あれは確か歩道橋の近くでした・・・」と始まる非常に丁寧な文章が綴られたポストカードが送られてきた。

写真家の名前は鬼海弘雄さん。
鬼海さんの写真展が8/13から東京都写真美術館で始まります。

http://syabi.com/contents/exhibition/index-1384.html

いつか、鬼海さんのような写真を撮りたい。
お盆休みに東京にいる方は是非、足を運んでみて下さい。僕が好きだという理由は分かると思います。
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by daisukeozaki | 2011-08-12 00:30 | Comments(2)

カバラ

ボルヘスの本を読んでカバラという神秘主義思想を初めて知った。

カバラは世界を一冊の書物と考えるような思想である。

カバラ学者曰く、カバラに影響を与えた要因として言語が考えられる。神が光あれと言って、光が創られたわけである。自分の言葉を道具として世界を創造したのであるから、言葉である「光」が別の言葉で、別の抑揚ならば違ったものが出来ていたことになる。
カバラのおもしろいところは言語の絶対性を重んじるために私達と逆の言語論理を用いている。普通、文語よりも口語が先行されると思うが、カバラにおいては文語、書かれた文字が発話よりも先行すると考えられる。もちろん、この文語先行により矛盾も生じてしまうのだが。
また、カバラはグノーシス主義と似ていて、悪を創造している。

ピタゴラスも釈迦も最後まで書物は残さずに死んだ。今、私たちの出ている書物は死後弟子たちが彼らはああいっていましたと言って、作ったものである。
思うに、文字で残すということの危険性を分かっていたのではないか。
神聖化された人物の書く書物が死後、絶対化されることを。

少し話は変わるが、絵画、写真などの視覚藝術と文字の関係も危険性を孕んでいる。キャプションを見た段階でその世界観はある程度鑑賞者に制限を加えてしまう。

昨日、名和晃平展を観に行って、ちょっとそう思った。
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by daisukeozaki | 2011-08-05 19:26 | Comments(0)
今年の夏は汗かきの私のとってはありがたいぐらい涼しい。夏になるといつも海外で過ごしたいと思う。ヨーロッパの夏は暑くてもカラッとしており、21時になっても明るく、夜中まで遊び回っていた。

このまま、夏が終わればなぁと思う一方、氷河期の始まりは、なぜかその年に夏が来ず、そこから突然氷河期が到来した。現在、人間は地球の歴史が始まってから4回目の氷河期が終わって、来るかもしれない5回目の氷河期の間を生きている。(12回など他説もあるが。)
地球の時間軸で考えれば、誰もが知っているように人間が生まれたのを1日で例えると1分にも満たない。ということは、地球の時間軸で考えれば、イナゴの大量発生と同じように、人間が大量発生している。地球上には今までに40億種の生物がいたが、現存しているのは4000万種とその0.01%にしかすぎない。

話は変わって、昨日の明け方近くにも大きい地震があった。日本だけに関して言えば、マグニチュード7以上の地震が20世紀だけで61回以上起っている。
そのような地震が頻発する国に原発があるのはいかがなものかと普通に考えれば答えは出る。原発事故もレベル2ぐらいの事故は頻繁に起っている。色々なしがらみで脱原発から減原発に移行しようとしている世論は間違っている方向に思う。
プルトニウムの半減期は明らかに人間の時間軸ではなく、地球の時間軸に相当する長さであり、人間が想像できる限界を超えているように思う。

日本の宝くじは前後賞あわせて3億円といったものが多いがその理由は3億円ぐらいならば、日本人なら家、車を購入して、旅行して、貯蓄してと想像できる金額を設定しているらしい。海外のように何百億円となってしまい、自家用飛行機など買ってしまうとその維持費はどれくらいなど一般人には想像できない。

想定内と言われていて、完全に掌握できていない原発は様々な理由があるにせよ、やはり脱原発すべきだと思う。地球から見たイナゴのような人間はあまり周りの生物に迷惑をかけず、身の丈にあったものを扱わないといけない。
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by daisukeozaki | 2011-08-02 22:28 | Comments(0)