写真家・尾崎大輔のblog


by daisukeozaki
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まぁ、こんなもんでしょ。セブンしょぼい版ぐらいに思っておけばいいかも。
オープニングのPVみたいなやつがかっこよかった。

ストーリーはある記者が資産家の家で起った失踪事件を調べていくという話。ファインチャーの好きな聖書になぞらえた猟奇殺人も出てくる。

けど、話の構成としては結構散漫な感じがする。ネタバレになるかもしれないけど、話がいくつかに分けることも可能じゃないのかなと見終わった後、思ってしまった。

後、SEXシーンのモザイクが凄く気になる。モザイクつけることによって余計に卑猥に見えてしまう。

娯楽映画として観に行く分には全然問題ないけど、フィンチャーの最高傑作ではないと思う。個人的には「ソーシャル・ネットワーク」の方が好き。
ハラハラドキドキもさせられるので、デートで観に行く分にはちょうどいいかも。

次はPinaを観に行くぞー!!
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by daisukeozaki | 2012-02-23 22:25 | 映画 | Comments(0)
詩人のポール・ヴァレリーは創作する理由はと問われた時に、「弱さから」と答えた。
「シークレット・サンシャイン」、「オアシス」で知られるイ・チャンドン監督の最新作。

孫と二人暮らしの初老の女性が主人公。道端で見つけたカルチャーセンターの詩の講座に通い始める。「人生で一番大事なのは見ることと教わり、主人公は身の回りのものを興味深く見始める。そんな矢先、孫の学校でいじめ自殺が起り、孫はその加害者だということを知る。主人公は否が応でも悲惨な現実と向かい合わないといけなくなる。

ストーリー自体に大きな起伏もなく、普通に鑑賞した場合、同じ監督映画ならば、前回の「哀しき獣」の方が絶対に面白く見れる。
ただ、この映画はあまりにも観客に現実を突きつけ、問いを観客に委ねる。
「美」を見つける為には「醜」を通らないといけないのか。真実を見つめることは本当に幸せなことなのか。

この監督、今生きている監督でやっぱり一番好き♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥
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by daisukeozaki | 2012-02-14 19:05 | 映画 | Comments(0)
田中慎弥「共喰い」、円城塔「道化師の蝶」共に読了。

僕的にどっちが好きかと言うと、「共食い」。

それぞれの感想はというと、

「共食い」は会話文がちょっと癖があって、読みにくかったが、陰鬱な感じの情景描写が良かった。読み終わった感じは、中上健次に似てるなーと思った。これを書くとネタばれっぽくなるけど、「枯木灘」に近かった。
ただ、高校時代に土方のバイトをしていたので、「枯木灘」の中の描写で、自然の中で働いている時に無我になる感じとかは凄く親近感がわいたので、中上健次の方が好きだけど、「共食い」は読む価値も全然あります。

「道化師の蝶」は前衛的な話で、“小説?”と思ってしまう人もいるかも。書き言葉、エクリチュールに関しての話だが、言葉の話といえば、ボルヘスとか芥川賞だと諏訪哲史「アサッテの人」の方が僕は好きだった。新人作家とボルヘスを比べるのは酷だけど。
話の中にも出てくるけど、結局、蝶は捕らえられないのであって、この話自体の核も最終的に捉えられない感じがした。

最近の芥川賞作家だと、やっぱり朝吹真理子の「流跡」読んだときが一番印象に残ったかも。芥川受賞作の「きことわ」はそんなにだったけど。

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「共喰い」 田中慎弥(著)、集英社(出版社) 1000円(税別)
「道化師の蝶」 円城塔(著)、講談社(出版社) 1300円(税別)
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by daisukeozaki | 2012-02-07 23:33 | | Comments(0)

オウム真理教

読んだ感想としては、確かに完全な中立的立場とは言いがたい。著者もそれは十分承知の上であると思う、そして、きちんと活字にして発表すべき本の一つだと思う。

ドキュメンタリー映画の「A」、「A2」は共に鑑賞済み。今回は麻原彰晃とは何者なのかということを中心に話が進められていく活字でつづられている本である。
現在の麻原彰晃には死刑が確定しているが、娘たちや麻原彰晃と色々な意味で面識のある人物たちのインタビューをメインで構成されている。
死刑が確定する前で、まだ面会ができる状況の麻原はというと、娘たちや弁護士と面会最中にも関わらずマスターベーションを行ったり、独房では糞尿にまみれている。
そのような状態にも関わらず、きちんとした精神鑑定は行わず、絶対悪として社会から抹殺される麻原裁判や日本のメディアに警鐘を鳴らす本である。
絶対悪と日本で見なされたオウム真理教は、例えば、麻原の娘たちは大学進学はおろか、高校ですら入学を拒否されてしまう。学校側の意見ももちろん分かるのだが、それを当たり前のようにスルーしてしまう村文化のある日本社会がおかしい。

私自体の立場を言えば、オウム真理教が行ったことは犯罪であり、犯罪を起こしたものはそれ相当の刑を受けるべきであり、死刑賛成の立場をとる。ただ、法治国家である日本でここまでまともに機能していない裁判で結論を決めるのはおかしいと思う。メディアスクラムによって形成された世論によって中立的な裁判が行うことが出来なくなっている。

著書と共通認識の一つはファシズムの誕生にメディアが大きく関わっているということである。不安を煽ることによって、視聴率をあげ、敵対するものを作っていくのである。今の北朝鮮の報道も同じで、ミサイルが日本に打ち込まれた場合は国民全てが戦争賛成に廻ってしまうのではなかろうかという、危機感も感じる。メディア自体が観察されなければいけない社会現象なのだ。ちなみに同時期に起った阪神大震災の報道時間と比べた場合、時期によってもあるが、大体10倍である。それほど、国民が関心を傾けながら、なぜこの事件は起ったのかという問い自体が回収されていない。

この本では最終的になぜこの事件は起ったのかという大まかな結論まで行き着いており、私自身もその結論を支持する。

昨日、禅僧の方にオウム真理教の話を聞いた時に。宗教自体が共同体の枠組みからはみ出るものを扱っており、それにより宗教となっているため、多かれ少なかれ、全ての宗教は共同体をおびあかすものであると言っていた。全ての宗教は死の概念を扱い、それにより共同体の枠組みを逸脱する部分を持っている。
私自身がこの事件に関心を持っているのは、別に写真の作品で死をテーマに扱っているわけではないが、自分自身が主として重きを置くところは社会に取って絶対に必要ではない部分である。宗教が扱っている部分も一般生活で絶対に必要な部分ではない。実際、ヨーロッパを見た場合、新興宗教の数と藝術への助成金の多さは比例の関係にある。村上春樹のアンダーグラウンドを読んでも感じたが、彼らは決して絶対悪や特別な存在ではなく、ともすれば自分がなっていたかもしれないというすごく身近な存在のような気がする。サリンを大量に吸い込み、体に異常を感じているのにも関わらず、会社に這ってでも行くほど、会社に服従しているサラリーマンのように。

写真家の渡辺克巳が息子渡した写真集に書いてあった文章がぴったりと当てはまる。
「世の中に悪い人はいません。悲しい人がいるだけです。」


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「A3」  著者 森達也 集英社インターナショナル(出版社) 1995円
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by daisukeozaki | 2012-02-03 20:14 | | Comments(0)