写真家・尾崎大輔のblog


by daisukeozaki
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<   2012年 08月 ( 5 )   > この月の画像一覧

新宿武蔵野館にて鑑賞。

ストーリーは韓国の聾学校で起った先生による生徒への虐待・性的虐待を描いた映画。

監督のメッセージ性が本当に強く出ている作品。
昨今、日本でもいじめ問題などもメディアに取り上げられていたが、オリンピックもあったのでどんどんと下火になり、このまま棚上げされた状態になってしまう感じが否めない。確かにこの映画は絶対権力である先生が生徒に対する虐待という違った状況下での問題をある買ったものであるが、だれか日本の監督でもここまできちんといじめ問題を取り上げ、何らかの結末を提示出来るような人がいてほしいものである。

いや〜見終わって本当にどっしりと重くのしかかる映画でした。ちょいネタバレかもしれませんが、世界のどうしようもなさを痛感させられました。ただ、最後は少しの希望は持てるかも。これをきっかけに韓国では事件の再調査などが行われ、事件の舞台となった学校も閉鎖されたという。

映画も本当に良く作られていた。一点、あれっと首を傾げるところは裁判で聾唖の女生徒が音楽が聞こえるという場面。聾唖者の方で音楽だけ聞こえる人がいるのかと思い、知り合いの聴覚障害者の方に聞いたら、障害の度合いによって少し音が聞こえる人も聾学校に来ているので、そうのような生徒だったのではないかということ。それならば、映画の違うシーンでその音楽が聞こえるという女生徒は少し音が聞こえるということをどこかで描いてほしかったかも。

とりあえず、監督のメッセージがこれだけ強く打ち出され、それによって世の中が変わる程のインパクトを与えるのは並大抵のことではないので、それだけでも賞賛に値する映画だと思います。結構、精神的に重い映画です。
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by daisukeozaki | 2012-08-14 20:14 | 映画 | Comments(0)
先日、横浜にて鑑賞。
色んな意見があると思いますが、私は良作だと思います。

たぶん、一番の分かれ道はお母さんのはなのキャラクター設定。
確かに子どもを育てるということは母親にとって最も葛藤を強いることであり、ましてやそれが一般の人と違うオオカミの子どもならなおさらであるというのは分かる。
ただ、私はこの映画を福祉施設の障害者の方達とレクリエーションとして鑑賞しに行った。それで、はなに対して一緒に観に来た方達の母親像を照らし合わせてみてしまった。おおかみこどもではないが、やはりどこかしら一般の子どもと違うところがあり、色々と母親も葛藤を抱えながら、笑顔を絶やさずに育ててくれているのだということを感じてほしいと私は思ってしまったのである。実際、現実問題としてそんな生温いことは100も承知である。例えば、この家の家計はどうなっているんだという疑問もある。障害者の方の日々の作業所での工賃は施設によるが月々の給料はだいたい1万円ぐらい、プラス障害者年金という状況で、前に私がボランティアで写真を撮りに行った施設の人がNHKのドキュメンタリー番組に出ていたが、最低限の生活費を引くと月に自由に使えるお金は500円だけと言っていた。そんな状況でも生活している人はたくさんいるのである。映画などはレクリエーションでしか観に行くことが出来ない人もいるのである。この映画を観て、そういう現実の問題を思い出してほしくなかった。
なので、リアルの部分は市の職員がネグレクトで、家に訪問調査をしにきたシーンぐらいで十分であった。そのシーンで郵便受けの部分に色々な郵便物がつまっていることからも家計に苦労していることは感じた。
基本、私のアニメーション映画を観る時であるが、見終わって楽しかったと思うものであってほしいというのが私のがんぼうなのでこの映画の評価もそれに関連していると思う。今回はレクで観に行ったので、映画の予告編で何の映画の予告が出てくるのかと若干はらはらしていた。
この映画ははなというよりは子どもの成長という普遍的テーマを分かりやすく映画で語っており、そのことに関しては映画を見終わった後、一緒に観た障害を持っているメンバーさんもすこし理解しているようだった。なので、はな自体のキャラクター設定は私はそれほど気にならず、みんなと観に行ってよかった映画だと思いました。
一人で観に行って場合も、観てよかったと思う映画っす。

一応、本当に少しですがベットシーンもあるので、お子さんとご一緒の方は注意して下さい。めちゃくちゃ具体的に描かれているだけではないので、大丈夫とは思いますが。
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by daisukeozaki | 2012-08-13 19:45 | 映画 | Comments(0)
最近、ミルグラムの打ち合わせで助成の方にお会いした時、読んでた本が岩波書店から出ている岩波講座の「性/愛の哲学」という本で、こんな本ばかり読んでるんじゃねーかっぽく思われるのはなんか嫌だし、このブログを読んでいるらしいので、最近読んだ本三冊の感想を簡単に書きます。

「現代殺人百科」 コリン・ウィルソン 青土社

「アウトサイダー」で有名なコリン・ウィルソンの猟奇殺人を中心に様々な殺人をデータベース的に扱った本。淡々と記録的文章が並んでいく中、一番興味深いのは巻頭の著者が猟奇殺人に対してどのように考えているかを記した箇所。私が思っていることと共通する部分が多々あり、非常に興味深かった。欲望がどんどんと次の段階に進んでいくマスローの欲求段階とカミュの異邦人のように論理的に破綻している場合でもそれを正しいとしてしまうサルトルの「魔術的思考」は私も常々思っていた。
あと、私が会ってきている一般的に正常ではないと考えられる性癖を持っている方と芸術家と猟奇殺人者には何かしら似たようなものを感じてしまうのは私だけではないであろう。
「失われた時を求めて」のマルセル・プルーストはネズミをいたぶって殺すのを眺めて多いに愉快がっていた。

「美術の物語」 E・H ゴンブリッチ ファイドン社

言わずとしれた名著が単行本サイズで出たので、購入。
古代からキュビズム辺りまでの美術の流れを図版で説明し、非常に読みやすい本。ただ、現代美術をもっと知りたい方には物足りないと思う。
読んで当たり前ではあるが、ルネサンスの時の美術の発展、また宗教と美術の関係というものをまざまざと感じた。
ヨーロッパに関して言えば、新興宗教と数の多さと美術に関する助成金の額の多さは比例関係である。
昔は見ているものを見たまま描くのではなく、知っているものを知っているように描いていたということ。表現というのはごくごく最近であって、所謂知識としての絵であったということ。
色々写真家として興味深かった。

「冥土めぐり」鹿島田真希 河出書房新社
第147回芥川賞作品。結構前から芥川賞は出来るだけ毎回読んでいる。

話自体はちょっと普通ではない母と弟をもつ主人公が旦那と一緒に過去に家族で行った旅行と同じ場所にふたたび訪れるというもの。そこで過去を回想しながら、今の自分を見つめていくといった感じか。

高校時代ドストエフスキーに傾倒し、ロシア正教に入信したというほどの方なので、どんな文章だろうと思ってみたが、私は素直に面白かった。
文体的には私は近年の西村賢太、朝吹真理子や田中慎弥の方が好きだが、人間の心情描写がとても良かったと思う。
どうしようもない家族をもった自分の人生を不遇と思う一方、障害を負った旦那が色々な不幸も見舞われてもそれを「潮の満ち引き」のように自然に受け止めている姿をみて、何かに主人公は気づき始めていく。

単行本に収録されていたもう一つの「99の接吻」はいまいちだったけど。

お盆の帰省の際は「冥土めぐり」をお勧めしやす。


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by daisukeozaki | 2012-08-07 18:55 | | Comments(0)
観た感想は普通に楽しめるエンターテイメント映画だと思う。
ただ、クリストファー・ノーランのバットマンシリーズの最大の問題点は幸か不幸か「ダークナイト」のキース・レージャーが演じるジョーカーの印象が強すぎるということ。

一緒に行った人がかなり的を得たこの映画の問題点を言っていたので、羅列すると、

・全作を見ていないとつながりがいまいち分からないところがある。
・ バットマンがどうやって脱出した後、ゴッサムシティに入ったのかが分からない。
・ ネタばれを含みます。日本人なら今のフクシマの状況を考えるならば、最後あの状態で終わってゴッサムシティは大丈夫と言えるのか。

・ 一番は敵のベインがいまいち何をやりたいのかわからなかった。

全てはベインの動機というかこの人は強いけど、何をやりたかったのかなぁと思ってしまうことである。それでどうしても「ダークナイト」のジョーカーと比較してしまう。ジョーカー自体が狂人であるから、何をやった場合も私達の論理を超えていていいわけである。「雨が降っているから、今日は銃殺やろう」でいいわけである。今回のベインが逆に論理で話を展開していく部分があるので、どうしても場面設定上でつじつまの合わないところが目立ってしまう。

おもしろい映画だと思うし、全然楽しめる。
ただ、映画評論家の町山さんの言葉を借りるならば、私にとっては

ものすごく期待して食べに行ったレストランの料理がそれほどでもなかった時、人は「まあまあだったよ」と良いところ探して自分を納得させようとするけど、2度は食べに行かないよね

という感じの映画でした。
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by daisukeozaki | 2012-08-03 20:50 | 映画 | Comments(0)
10月にまた視覚障害者に写真を教える写真教室を行う。写真教室の際によく話をしているのが、どうして盲人に写真を撮ってもらうということを始めたのかである。

イギリスにいた時に色々な人に作品を見せて回っていた。営業的なブックの持ち込みもしたし、作品を撮る為に自分の興味のある人、主に何らかの表現者であるが連絡をとり、直接見てもらっていた。既にその時に舞踏家の工藤さんを撮った『無』の写真もあったので、相手からは、邪見に対応をされるということも少なかった。
その中のあるダンサー、あとでわかったのだが、ダンスを始める前は牧師さんで、その前はイギリス軍の兵士だった方に障害者と健常者で構成されるAMICIというダンスシアターカンパニーの代表、ウォルフガングを紹介してもらった。そこで初めて障害のある方達と関わるようになる。それまでは自分がそういった方達と密な関係になると思ってもいなかった。むしろ、小さい時に腎臓が悪く、尿がうまく処理出来ないというために、手術をしたのだが、その際に担当医師におしっこをかけてしまい、自分が将来、「下の世話」に関わる職業には絶対につかないと強く思っていた。

毎週、水曜日の夜にAMICIの練習が行われていて、それに私も参加し、そこで写真を撮影していた。練習が終わると、二人の盲人と一緒に帰宅するのが常となっていた。一人は写真の全盲の方で、もう一人は若い夜盲症の方であった。
視覚障害者の方と接し、何より驚いたのが、周囲の人間との信頼関係である。視覚がない為に相手を信頼せざるおえないことが多々ある。例えば、全盲の方はいつも駅からタクシーを使うのだが、これもタクシーの運転手を信頼せざるおえない訳である。写真教室で晴眼者に仮想視覚障害者として体験をしてもらっているのだが、お金を支払うこと一つでもどれだけむずかしいことか。また、少しでも今までと同じ場所に違うものが会った場合など、晴眼者の私達よりも過敏に反応する。

私はそんな視覚障害者がどのように世界を見ているのかが気になったのである。視覚障害者の写真教室の原点もここにある。バリアフリーとかそういった考えも全くないわけではないが、主に彼ら・彼女らがどのように世界を見ているのか、またそのことで私自身は新たな違った世界の見方を教えてもらえるのではないかということである。

ソフィ・カルという写真家・アーティストに「blind」という作品がある。先天的盲人の人に「貴方にとってこのようで最も美しいものは何ですか?美とは何ですか?」という質問をし、盲人の方の答えを代わりに写真家が写真に撮るという作品である。
私は普段から一緒に過ごしていた全盲の彼女がどのように答えるのか、またその答えを彼女が写真に撮った場合どういう風に写るのかが気になってしかたがなかった。ある日、彼女に質問をすると、その答えは「人間」であった。
それでは私も人間であるから、私を是非写真に撮ってもらえないかと伝え、カメラを渡したのである。そして撮られた写真が写真集「写真は私たちの記憶を記録できるのですが?」の最後の写真としておさめられている。

年に一度ぐらいは会っているのだが、昨日、東京でAMICIの代表、ウォルフガングと会う機会があり、ああ、もう5年も前かと時間の早さを感じていた。


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by daisukeozaki | 2012-08-01 19:02 | Comments(0)