写真は死んでいくのか
2011年 03月 08日
先週に急に祖父が亡くなり、実家に帰省していた。
実家で写真の特集が新聞に掲載されている記事を、母親がありがたいことに切り取って残しておいてくれていたので、その特集の中で眼に止まった記事をひとつ。
特集のテーマは「写真は死んでいくのか」。
最近の状況しかわからないので、過去の状況と綿密には比較は出来ないが、一つ思い浮かぶのは雑誌の力が弱くなったことだ。
本の出版自体考えても8年前と比べると本自体の出版数が25%減の状態。
日本に限定すればの話だが、過去の写真家のほとんどはこの雑誌文化の上で育ってきた。
森山大道からホンマタカシ、HIROMIXと私より一つ前の世代はこの流れにのっていて、雑誌で撮影した所謂「仕事」の写真もそのまま作品として写真集などにしても遜色無かったように思う。特に森山さんのカメラ毎日や荒木さんの写真時代など。ただ、そのような状況は昨今では皆無であろう。
私もやはり写真の本質的部分は外界へ大量にばらまかれるというおもしろさや怖さにあると思うが、現在雑誌などで自分の作品などを発表できることは難しい状況になってしまい、同世代の写真家はやはり現代アートというジャンルの中でギャラリーでの発表に選択肢として念頭に置かなければいけなくなる。現代アートのギャラリーで展覧会を開くとなると必然的に売れる写真、現代アートっぽい写真を撮る写真家が増えてくる。
全員が面白くないということではないが、撮影後、フォトショップで加工したりなど、それこそ絵のように写真を扱い、写真が写真でなくなり、ひとつの画像となってしまう。それが写真表現の幅を広げているのは確かではあるが、私個人の好みの問題として、どうしようもないリアリティやその人の手に負えないものと向かい合って撮られている写真にどうしても好感を覚えてしまう。
今後、フィルムがなくなり、デジタルカメラだけになってしまおうが、自分はおそらくあきるまで写真を続けていくだろうが、最近そういうリアリティやどうしようもなさが出ている写真が少なくなっている気がするのは私だけだろうか。
とりあえず、写真が死のうが死ぬまいが私は自分が納得するまで写真を撮っていくつもり。
実家で写真の特集が新聞に掲載されている記事を、母親がありがたいことに切り取って残しておいてくれていたので、その特集の中で眼に止まった記事をひとつ。
特集のテーマは「写真は死んでいくのか」。
最近の状況しかわからないので、過去の状況と綿密には比較は出来ないが、一つ思い浮かぶのは雑誌の力が弱くなったことだ。
本の出版自体考えても8年前と比べると本自体の出版数が25%減の状態。
日本に限定すればの話だが、過去の写真家のほとんどはこの雑誌文化の上で育ってきた。
森山大道からホンマタカシ、HIROMIXと私より一つ前の世代はこの流れにのっていて、雑誌で撮影した所謂「仕事」の写真もそのまま作品として写真集などにしても遜色無かったように思う。特に森山さんのカメラ毎日や荒木さんの写真時代など。ただ、そのような状況は昨今では皆無であろう。
私もやはり写真の本質的部分は外界へ大量にばらまかれるというおもしろさや怖さにあると思うが、現在雑誌などで自分の作品などを発表できることは難しい状況になってしまい、同世代の写真家はやはり現代アートというジャンルの中でギャラリーでの発表に選択肢として念頭に置かなければいけなくなる。現代アートのギャラリーで展覧会を開くとなると必然的に売れる写真、現代アートっぽい写真を撮る写真家が増えてくる。
全員が面白くないということではないが、撮影後、フォトショップで加工したりなど、それこそ絵のように写真を扱い、写真が写真でなくなり、ひとつの画像となってしまう。それが写真表現の幅を広げているのは確かではあるが、私個人の好みの問題として、どうしようもないリアリティやその人の手に負えないものと向かい合って撮られている写真にどうしても好感を覚えてしまう。
今後、フィルムがなくなり、デジタルカメラだけになってしまおうが、自分はおそらくあきるまで写真を続けていくだろうが、最近そういうリアリティやどうしようもなさが出ている写真が少なくなっている気がするのは私だけだろうか。
とりあえず、写真が死のうが死ぬまいが私は自分が納得するまで写真を撮っていくつもり。
by daisukeozaki
| 2011-03-08 20:06
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