写真家・尾崎大輔のblog


by daisukeozaki
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雑誌「ノーマライゼーション」に視覚障碍者と写真というテーマで特集をして頂きました。記事の文章は視覚障碍者の当事者でもある山口和彦さんが書いて頂きました。

下記に文章を全て添付させていただいております。
興味のある方は一読頂ければ幸いです。

見えない世界を写す
—— 視覚障碍でも写真を楽しむ ——
日本視覚障碍者芸術文化協会 山口和彦

この4月29日、東京の井の頭公園で日本視覚障碍者芸術文化協会が主催する第8回 視覚障害者と一緒に楽しむ写真教室に参加した。

写真と視覚障碍

写真と言えば、これまで視覚障碍者にとって被写体として撮影されるだけということが多かった。一般的に視覚障碍者が現像された写真をもらってもほとんど理解できず興味を持てないというのが実情だった。まして、カメラを持って自分から進んで撮影をすることは頭から無理と考え、写真撮影をあきらめている人がほとんどだった。

 視覚障害者にとってカメラは本当に無縁なものなのだろうか、撮影は難しいものなのだろうか。視覚障碍者が自ら主体的にカメラを持って撮影し、それを現像して少しでも楽しむことができないだろうかということからこの写真教室が始まったのが約3年ほど前だった。昨年11月には新宿で視覚障碍者が撮影した写真展を開催した。そのとき、写真を見た人からは、「どうして視覚障碍がありながら、こんなにきれいな写真を撮れるのでしょうか」といった質問があった。

 視覚障碍者が撮影できるようになったのは、最近のデジタル・カメラの技術の進歩によりカメラの操作が簡便になり、画像が鮮明になったことが大きい。しかも撮影したものを その場で介助者と共に確認できるので失敗を気にすることなく気楽に撮影ができるのも大きな利点だ。しかし、視覚障碍者が撮影した写真を触って理解するには、画像を立体コピーにしなければならない。立体コピーを作成するためには画像のデータをパソコンに取り込み、それをデータ処理しなけれはならない。撮影した画像データをそのまま立体コピーにしても情報量が多すぎて複雑であるため、できるだけ簡略化しなければ触って理解するのは難しい。ただ、自分の撮影した写真は撮影したときのイメージがあるので、立体コピーを触りなから説明してもらえれば比較的理解しやすい。

写真教室

これまで写真教室に参加した方々はカメラを持つことが初めてという人からプロのカメラマンで中途失明になり写真撮影をあきらめていた人などさまざまだった。自分が撮影した写真がどのように撮れているか、触ることで新たな発見をした視覚障碍者もいた。例えば、目の前のまっすぐにのびた道を撮影した場合、写真ではどんどん先に行く程、道が細くなる。立体コピーを触ることにより、初めて遠近法を知ったという視覚障碍者もいた。また先天的に目が見えなくて「影」という言葉は知っていたが、具体的に自分の影を写真にとり、それを立体コピーにしたところ、「影」の具体的イメージがつかめたということもあった。

 では実際にどのようにして視覚障碍者が撮影するのだろうか。老若男女、井の頭公園の湖畔を楽しく歩いている人込みのなかを私もガイドから情報提供を受けながら歩く。頭にイメージができるように、できるだけ細かく説明してもらう。与えられた情報をもとに自分の興味のある対象があればカメラをむけて撮影する。この時、対象物が音の出るものであれば、音源に向けてカメラの方向を決めるので撮影は比較的容易だ。しかし花や景色など音のない場合は、ガイドに対象物までの方向や距離などを説明してもらう必要がある。近距離で触れるぐらいのものであれば、接写をすることにより視覚障害者でも比較的容易に撮影ができる。対象物が遠距離の場合、手に持ったカメラのレンズの位置が上下、左右にずれると大分対象物から離れてしまう。また対象物が動いている場合は、説明している間に対象物が移動してしまうので、撮影が難しくなる。カメラ操作に慣れてくると、望遠を使ったり、いろいろと工夫ができるので楽しさも倍増する。また、写真撮影に慣れてくると、自分の撮影したい意図を予めガイドに説明し、そのテーマに沿って情報提供をしてもらうと視覚障害者も環境の理解に役立つ。公園を散歩するにしても情報量は莫大である。情報を絞り込むためにも、カメラを持った視覚障害者の意図を事前にガイドに伝えておけば、お互いに有効な時間を共有できる訳だ。

 写真教室では、多くの画像のなかから3枚を厳選する。3枚の現像した作品を壁に貼り、参加者を交えてプロのカメラマンから講評を受ける。全盲者には立体コピーが配布される。健常者もアイマスクをして撮影した写真を見て、あまり構図などを考えずに自然にとれた写真の面白さに気づかされることもある。視覚障害者もガイドからの限られた情報をもとに撮影し写真を展示する。自分の想像したものより意外によく撮れていたりする。現実の世界を撮影しながら更に進むと自分で自由に想像し見えない世界を創作するのが楽しみになる。 現実に眼で見る世界を通して見えない世界、例えば、暑さ、寒さ、疲労、歓喜、愛情、憎悪、恐怖、不安など写真でどう表現できるのだろうか挑戦したくなる。写真もひとつの表現手段、創作活動と考えれば、現実に目が見える、見えないはあまり関係なく楽しめるのではないだろうか。見えない世界で生活をしている視覚障害者にとって、見えない精神的な世界を現実の事象を写真で表現する点では、むしろ得意な分野なのかも知れない。

写真の面白さ

写真教室では、健常者はアイマスクを着用し、視覚障害を体験しながら撮影や食事をする 健常者は視覚障害に伴う困難さを体験すると共に、視覚障害者に対して情報提供の大切さを身を持って理解できる。また、体験を通して、いろいろな世界を様々な視点で見ることができたと好評を得ている。

 前回、子供を連れて初めて写真教室に参加した視覚障害の母親がいた。初めてカメラを操作し、自分の子供の顔を撮影した。それを立体コピーにしたものを指で触りながら「初めて子供の顔が‘見えた’!」と涙ぐんでいたことがあった。

 東日本大震災で被災された方が泥だらけの家族の写真をきれいに洗い流し大切に持っていたいという話を聞く。写真は私達の記憶を記録に留めて置くのだろう。人はなにかを手がかりに過去の楽しい思い出や苦しい体験などをフィードバックするのには、やはり写真のようなものが必要なのではあるまいか。視覚障害者にとっても撮影したものを立体コピーにして記憶を辿ることができれば幸いである。

今後の写真教室の予定、視覚障害者の写真や写真教室などのイベントに関するご質問などは尾崎大輔(Mail info@daisukeozaki.com)までお気軽にご連絡下さい。

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# by daisukeozaki | 2014-06-08 20:41 | Comments(0)
本日の読売新聞朝刊の都内版のページで4月末の写真教室を紹介して頂きました。
色々と紹介頂いて本当に幸いです。
今後ともよろしくお願い致します。
記事の内容は下記の通りとなります。

「こっちですよ」「目の前に池があります」。先月下旬、視覚障害者が写真を楽しむ教室が、武蔵野市と三鷹市にまたがる井の頭恩賜公園で行なわれた。
視覚障害者と案内役の健常者が2人1組となり、カメラをもった視覚障害者が案内役の声を頼りに、葉っぱや階段の手すりなどを触り、レンズの向きや構図を確認し、シャッターボタンを押す。コミュニケーションを重ねることで、ペアの信頼感が強まっていく。教室は、視覚障害者による芸術・文化活動の推進に取り組む日本視覚障害者芸術文化協会の主催。講師を務める写真家の尾崎大輔さん(31)は、「同じ被写体でも、案内役の説明次第で撮影のタイミングや構図は違う。共同で写真を作り上げる作業そのものが魅力です」と説明する。
この写真教室の魅力はもうひとつ。撮影した作品は、熱で膨張する特殊な極小カプセルを埋め込んだ印画紙にモノクロでプリントする。機械を通すと黒い部分だけが盛り上がるため、点字を読む要領でなぞると、できあがった作品を「見る」ことができるのだ。
参加した武蔵野市の山口和彦(68)は、「視覚障害があると遠近感や影を想像することが難しい。出来上がった写真を触って初めて自分の想像との違いに気づく。そのギャップがまたおもしろい」。笑顔がはじけた。

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# by daisukeozaki | 2014-05-25 22:04 | Comments(0)
最近読んだ本「蝶々の心臓」(石川祐樹・著)

なかなか忙しくて、展覧会も映画も見に行けずの中、本だけはコツコツ読んでます。
そんな中で最近読んで良かった本を一つ紹介すると、知人の石川祐樹さんが出版した「蝶々の心臓」(石川祐樹・著)。最近、友人・知人が出版したり、編集したりした本を立て続けに読んだけど、自分の状況も反映してかこの本が一番良かったです。

内容は著者・石川祐樹さんが生まれながらの心臓疾患の持つお嬢さん、真優ちゃんの強く生きる姿を写し取ったフォトエッセイ本。

ワークショップをやったり、写真集を出しているためか分からないけど、年に1、2回程、写真家志望の方が写真をみてほしいと連絡をいただくことがある。
余程のことがない限り、お会いしていくつか話をさせていただくのだけど、その中で、はじめのうちは出来るだけ作品として家族は撮らない方がいいと伝えている
難しい所で写真家になりたくて、家族を撮るとそれ以降は撮る題材に行き詰まり、なかなか作家として続かないことが多いからだ。確か映画監督の是枝監督も同じことをプロデュースした「エンディングノート」のインタビューの時に言っていた。
写真家にはなれるが、写真家としての活動が続かない。

ただ、中には例外もある。石川さんの場合もそうだ。本の巻末の方にも同じようなことが書かれているが、お嬢さんがいなければ、石川さんは写真家とよばれることや写真家になることもなかっただろうし、強いては写真すら本格的に撮ることもなかったと思う。そこには明確な写真を撮らねばならぬ理由が存在する。
私がよく言うように写真家はなりたくてなるようなものではなく、その人にとってならざるおえないような、言い方を非常に悪いが、一生付き合っていかなければいけない‘病気’にかかってしまうようなものだと思う。

この本は写真家にならざるおえなかった石川さんが撮った写真によって綴られたフォトエッセイ集なので、あまたある家族を撮った写真作品とは違った何かが私達の心に伝わるように思う。

あと、ここからは完全に個人的なことですけど、私自身も小さい頃大病を患っていて、大きい手術の経験がある。今もへその下から男性器にかけて大きな傷が残っている。腎臓の病気だったんだが、当時両親のどちらかからか片方の腎臓を移植するなど、様々な話があった。手術が無事成功しているので、今もこうして文章を書いている。
妹が一人いるのだけど、その妹もひどい喘息持ちだった。ひどい時は夜ほとんど寝ることもできなく、丁度仕事が忙しい年代になっている父親や私を起こしてはいけないと母親は妹を車に乗せ、夜中じゅう走り回り、車中で過ごす時も少なくなかったという。
妹のことなどは私も親になって初めて両親から聞かされた。
私も妹も勉強の方はぼちぼちできたので、どちらか一人でも医者になってもらいたかったらしい。

昔、彫刻家のイサムノグチが頭が良かったらしいんだけど、進路で医者か芸術家どちらになろうか迷っていた時に、あるお医者の所に相談しにいくことになった。その医者からは「芸術家に決まっているだろう!!」といわれ、彫刻家の一歩を踏み出すのだが、その医者というのが、黄熱病の研究で有名な野口英世だったという。

私は今でも生まれ変わるのならば、医者になりたいと思う今日このごろです。

色々書きましたが、お父さんは泣かずにいられない、お勧めの一冊です。
うちの娘も写真のように気に入っています!!

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# by daisukeozaki | 2014-04-23 18:44 | Comments(0)
2014年4月に行う写真教室の日程が決まりましたので、ご案内させていただきます。
昨年は展覧会など色々と皆様に発表する機会もあったので、今年はさらに色々とチャレンジしていこうと思います。
お気軽にご参加の程をお願いすると共に、ご興味・ご関心のある方にご紹介頂ければ幸いです。
よろしくお願い致します。

第8回 視覚障害者と一緒に楽しむ写真教室

御好評頂いている視覚障害者と一緒に楽しむ写真教室を4月に開催致します。視覚障害者の方だ けではなく、様々な方に参加していただきたいので一般の方も参加頂ける写真教室となっています。健常者の方はアイマスクを着用し、仮想視覚障害者を体験し てもらいながら写真撮影、食事を行ってもらう予定です。
世の中を様々な視点で見ることがどれだけ興味深いことか体験できる1日になることを期待しています。
参加者には当日撮影した写真の数枚を凹凸コピーしたものを差し上げます。
ご興味などございましたら、お気軽にご連絡下さい。

日時:4月29日(火曜・祝日) 10:00〜16:00 (雨天決行)
集合場所::JR吉祥寺駅南改札(公園口)前に9:45集合。井の頭公園にて撮影後、講評会。
参加定員:最大25名
参加費:2000円(交通費、昼食代、写真現像代などは個人でご負担をお願い致します。介助者の方の参加費は無料です。)
募集締め切り:4月26日
講師:尾崎大輔(http://www.daisukeozaki.com/)

追 記:カメラは各自ご持参下さい。お持ちでない方はニコンのカメラを10台まではお貸し出来ますので、その有無をお教え下さい。お申し込みの際、必ず介助者 の方が同伴するかもお教え下さい。いらっしゃらない場合はこちらで手配致します。

主催:日本視覚障害者芸術文化協会(http://artforthelight.com/)
申込先:080-6507-7746(尾崎携帯電話) もしくは info@daisukeozaki.com


下記の写真は写真教室に参加された視覚障害のある方が撮影した写真です。
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# by daisukeozaki | 2014-03-07 22:12 | Comments(0)
昨年読んだ本の中でベスト1
「殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件」 (清水潔・著)(写真の左側)

桶川のストーカー殺人事件で警察や大手メディアより先に犯人を見つけ出し、さらには警察の不祥事を暴き出し、今のストーカー規制法成立のきっかけを作り出した記者の新刊。

北関東一体で起った5件の幼女誘拐事件。その中の初めの4件は既に遺体となって見つかっており、最後の1件は未だ行方不明。
県をまたいでいるため、今まで連続事件だと思われていなかったが、この事件を著者は連続誘拐事件だと考え、取材をし始める。
ただ、3件目の誘拐殺人事件は既に犯人は捕まっており、証拠としては犯人とDNAが一致しているという。著者はこの3件目が冤罪ではないかと考え、杜撰なDNA型鑑定を覆し、犯人として捕まっていた菅家さんを釈放へと導く。
これが「足利事件」であり、これだけでも十分すごいことなのだが、著者はさらにそこから取材を進め、真犯人とおぼしき人物を特定する。
そして、真犯人のDNAと殺人犯のDNAが一致するところまで調べ上げる。

しかし、未だにこの真犯人と思われる人物に対して、警察は動いていない。
それはなぜなのか?そこには国家制度を揺るがせかねない裏のお家事情が見え隠れする。

問題点をいえば、最後の方の「飯塚事件」の記述が弱いという点。
ネットで調べて分かったが、DNA型鑑定以外にも色々と「飯塚事件」に関しては証拠も上がっているため、「足利事件」と同様には扱えないと思う。

ただそれを考慮に入れても、真犯人と思しき人物をそのまま自由にさせておく理由には全くならない。警察がそのまま闇に埋めかねない事件の一つ。
一人でも多くの人に読んでもらいたい、お勧めの一冊!!


ちなみに同じ著者の「桶川ストーカー殺人事件−遺言」(新潮文庫)も記者の教科書のように言われている本なので、すごくお勧めです。文庫版のあとがきの後に、被害者の父親の文章も載っているので、文庫版の方がお勧めです!!(写真の右側)

この著者はもとFOCUSのカメラマンで、「桶川・・・」の方でヤクザ200人にすごまれた話も載っていたが、ある取材の時に数人だけだが私もすごまれた経験があるので、その怖さに何となく親近感が湧いてしまった。

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# by daisukeozaki | 2014-01-15 13:09 | Comments(0)
「アール・ブリュット アート 日本」(監修/保坂健二朗)
「生きていく絵」(著者/荒井裕樹)

人間はなぜ表現をしようとするのか?
私がアール・ブリュットに興味があるのはその1点である。彼ら・彼女らはその欲望がよりダイレクトに鑑賞者に伝わってくる。
私自身、現在は視覚障碍者の写真という活動だけでなく、非常勤で絵画活動を行う福祉施設でも働いているので、現場をどちらかというと知っている方だと思う。
「生きていく絵」の平川病院の造形教室でボランティアをしている方も知人にいる。

私自身が主に関わっているのは知的障害の方達のアートで、日本では知的障害者のアートと精神障害、精神病を煩う方のアートが結構分かれていると思う。
海外では主に精神障害の方のアートをアール・ブリュットとして扱うことが多いが、日本では知的障害者の方のアートを主に扱っている。日本では精神の方は自 分自身で色々と判断出来る方が多いので、アール・ブリュットの枠ではなく、一般枠の公募展などに出展している方も結構いるというのは聞いたことがある。
作品の発表ということに関しては知的障害者のアートの方がより家族や施設職員、関係者によって支えないといけない部分が大きいため、日本では福祉施設がそ の役割を引き受けることが大きい。私の行っている施設でもそうだが、描きあがった作品を全部棄ててしまうので、それをゴミ箱から引っ張り出してくるのが職 員の仕事になっている(それを作品にしていいのかという意見はあると思うが、作者本人はゴミ箱から拾い出して展覧会などで展示をすると、満面の笑みを浮か べている)。「アール・ブリュット アート 日本」の企画をしたNO-MAは滋賀県にある美術館で、滋賀県自体が自治体としてかなりバックアップしてお り、関西の方が障害者アートを扱う福祉施設が多い印象を受ける。

そもそも、アール・ブリュットの定義自体が非常に難しい。
ざっくばらんに広義的な意味では、正規に美術教育を受けていないアートのことをさし、今は障害者の方のアートをさしているのだけど、草間彌生の作品をアール・ブリュットかというと、判断がかなり難しい。
それぞれの本の感想。

「アール・ブリュット アート 日本」(監修/保坂健二朗)
学芸員の方や美術の専門家の方が色々と美術史の中で定義しようとしたり、アール・ブリュットを定義しようとしたりしているけど、現場の人の話の所がやはり一番面白かった。私も思うに制作の場も含めて、一つのアート作品だとも思う。

主に知的障害を持つ方などは何か自分の好きなものを‘記録’しようとして絵などの表現に繋がっているように思う。写真ではそこに写っているものがあまりに も自分の見ているものと違うので、‘記録’にはならず、違う表現ツールを使っている。ただ、今回のポコアート展もそうだったけど、コラージュ作品は多く なっている。
精神の方と比べると、自分が表現したいものがよりダイレクトに作品に反映される印象。

「生きていく絵」(著者/荒井裕樹)
どちらかと言えば、こちらの本のほうが面白かった。表現活動をしている方にはお勧めの本です。

「芸術とは、治ってはいけない病気なのだ」(本文より)
『「アーティスト」とは、「自分の思いを的確に表現出来る技術を持った人」ではなく、むしろ「自分自身の表現に、自分自身が驚くことが出来る人」なのではないだろうか。』(本文より)

彼ら・彼女らは自己表現という明確な何かがあり、作品制作をしているように思える。作品でしか社会に対して自分を表現出来ないような感がある。ただ、自己から作品がダイレクトに出てくるかというとかなりの屈折があるように見受けられる。
そこがさらに私を引きつけるのだが。
心のアート展が今まで毎年開かれていたのだけれど、今年からは2年に1回になると言っていたのが非常に残念。


「ウォール街のランダム・ウォーカー 株式投資の不滅の真理」(著者/バートン・マルキール)

仲の良い編集者が昨年から株をやり始めて、私自身も便乗して口座のみ開いて、未だ手をつけていない。
とりあえず、色々と本を読んだけど、かなり有名な本なのでこちらを紹介。

この著者はざっくり言うと、企業価値を四季報などから分析して投資を行う、ファンダメンタル分析やよくテレビなどでみるような棒グラフのチャート分析によって投資をするテクニカル分析を否定する。
結論から言うと、現在投資商品としてある幅広く多くの銘柄に分散して投資を行えるインデックスファンドに投資をしてひたすら待てば良いというもの。さらに言うと、ドルコスト平均法をいう毎月一定額を高かろうが安かろうが買い増ししていけば良いという。

他にも最後の方には具体的な銘柄も出てくるので、興味がある人は読んでみては。

ただ、いつから始めればいいのかと思うと、私のような小心者はなかなか踏み出せず。


「レディ・ジョーカー」(著者/高村薫)

私の知り合いの禅僧と対談していて、NHKの未解決事件ファイルの「尼崎事件」でリポーターのようなことをしていて、興味を持って、購入し読了。

森永グリコ事件を下地にした小説。
ストーリーで引っ張るタイプの小説だけど、細部のディテールがすごくしっかりしているので、本当の事件もこんな感じだったのかもと思わせる。かなりぐいぐいと引っ張られた。

去年の暮れに起った餃子の王将の社長射殺事件。
犯人は拳銃を使えるプロと推測されているが、それが暴力団ではなく、警察関係者であったならば、どうであろうか。また、実は餃子に毒を入れると企業自体に脅しがあって裏取引をしていた場合はなど、この本を読んだ時期と近いだけに、色々と推測してしまった。

親父が読んだ高村薫の他の本を実家で見つけたので、桐野夏生の本と一緒に大量にパクったので、そのうち他のも読みます。

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# by daisukeozaki | 2014-01-05 21:59 | Comments(0)

視覚障碍者の夢

昨日で展覧会も終わって、最終日のトークイベント・交流会に来て頂いた方、本当にありがとうございます。
最終的にはギャラリーに入りきらないぐらい多くの人が来て頂いて、本当にありがたいと思ったのと同時に、これだけの人が興味を持っている新しい分野でもあるので、次も頑張らないと気を引き締める限りです。

それで、今回の視覚障害者の夢の世界というテーマの展覧会でトークに生まれてから目の見えない先天盲の方で夢に映像が流れるという人が写真教室に何度も参加してもらっていたので、その人に来て頂いて、夢の質問や色の質問などをさせてもらいました。

結論からいうと、私が間違っていて、その方も最後に言っていたが夢の中に視覚情報は出てこないということである。

岡山の川崎医療福祉大学の先生が以前に視覚障碍者の夢の研究をしていて、その研究結果によると5歳までに失明した方は夢の中で視覚情報としての夢は見ないという結果が出ており、直接その先生とお会いして、今回の展覧会の話も前もってしていたのだが、おそらく現段階ではその先生の研究結果が正しいと昨日のトークをして思った。

それで思ったのが、なぜ私が間違ってしまったのかということである。なぜ映像が流れるという言葉を使ったのか。
視覚障害者の山口さんも来てもらっていて、山口さんは写真教室に毎回いるので、小林さんが夢に映像が流れてくるという話をしていたのも聞いていたので、二人でどうして間違えたのかトークの終わった後に話をした。おそらく写真教室にその時参加されていた方も夢の話を少し聞いていたと思うが。
山口さんと私の結論は「イメージ」や「映像」、「見る」などは全て先天盲の方は概念であって、その時に話している言葉や環境によって間違って認識をしてしまって、(例えば映像でないのにそれを‘映像’と思い込んでしまう可能性が高いから)それで夢に映像が流れてくると以前話していたのではということである。
他にも夢の中で形が出てくるということもそれは触った感触であり、視覚情報として出てくるのではないということである。晴眼者にとっては触った感触と音だけの夢などはないと思うので、「出てくる」という言葉自体がどうしても晴眼者にとっては‘視覚’要素の動詞であって、視覚障害者にとっては触覚による‘動詞’なので、どうしても「形が出てくる」といわれると視覚要素として間違ってしまう。

先天盲の方は中途失明の方よりもこの言葉による概念の世界が非常に深く広くそれを何らかの形で認識というか信じないと社会に適応できない。
例としては神様の例で、多くの人が神様に対して人間の形や顔のイメージを持っているし、神が存在するかどうかは分からないのだけれども、大多数の人が神の存在を信じ、神を中心に社会が回っている場合、その社会においては神を信じなければ自分自身を社会に適応させることが困難になってしまうような状態である。

先天盲の方はこの概念の世界があまりにも多く、どうしても私も視覚情報に頼った情報や認識の元で話をしてしまうので、視覚情報に基づいた言葉をつかって誘導していくような感じの会話となってしまい、夢に映像が出てくるとなったんじゃないかなというのが結論です。

「赤」という色の話が変わってしまったことや雨の色の話の時に「黒」に対してよくないイメージをもっていることなどは私達、晴眼者の社会のイメージを刷り込まれたからだとも思った。
最後の私がした美とは何かという答えで「秋のライトアップされた紅葉やその光」という答えも山口さんは今、色々とテレビなどで秋の紅葉が美しいと報道されていて、その影響からじゃないかなと言っていたが、私もそう思った。

ガーディアン・ガーデンで写真教室をした時に参加された先天盲の方に同じ夢の話した時に「どうして映像を見たことがない人が夢に映像が出て来た時に映像とわかるの?」といわれたが、その通りである。今回それが大いなる誤解だと分かったのだけれど、私は非常に色々と勉強になったし、もし今後同じように先天盲の方で夢では世界を見ることができるという人が出て来たら、そのことを信じたいと思います。
視覚障碍者の夢の研究をされてた先生にもベルクソンを引用していわれたけど、もし夢で世界を見れるという先天盲の人が現れても、否定するのではなく、それを受容し、そこからその人と共に世界を広げていくことの方が重要だということ。

写真展の時にも言われたけど、私自身がもっと視覚に頼らないようにしていかないとこの視覚障碍者の写真という活動のさらに深い所には行けないなぁと思った展覧会でした。

<追記>
Facebookでその後色々と皆さんがコメントくれたので、ここでもそれをイニシャルで追記させて頂きます。

(Nさん) 夢の話、なるほど そういうことだったんですね。雨の色の話、おもしろかったです!先天盲の方々に、晴眼者でいう視覚情報のことを、私たちは知りたがりますが、実は もっと広く深いところで 理解し、同じ世界を生きなきゃな と思いました(意味不明)

(尾崎) 
Nさん、昨日もありがとうございました。
そうなんですよ、それで視覚障碍者の方の世界を理解しようとして、色んな方と話をしたりするんですが、その時に使っている言葉自体が僕らが「見る」ことに よって生まれた言葉なので、その言葉で話をした場合、今回の先天盲の夢の話みたいに間違った認識が生じちゃうんだなぁと思いました。
「イメージ」という言葉自体も視覚から生まれた言葉なんじゃないかなぁと。
ただ、小林さんが尾崎カメラマンはイケメンっていったことは間違いじゃないと信じたいっすけどね(><)


(Sさん)我々の「見てる」世界が正しいとは限らないし、なんというか、ホントは言語体系が違うだけのようなものなのかもしれませんね。

(尾崎)
そうなんですよ。
使っている言語は同じなんですけど、違う形で言葉の世界が成り立っているので、どうしても晴眼者と視覚障害者の間で差異が生まれてしまうんだと思います。
Sさんに言ったかもしれませんが、いったいどれくらいの先天盲の方が信号に対して「青」という言葉を使っているけど、実際見えているのは「緑」だと知っているかと考えてました。
今後の写真教室の時に聞いていこうと思ってます。
話変わるんですが、この前Sさんが言ってた視覚障害のある患者さんに対してのドクターの対応に関してネタを仕入れました。
癌ではなく、主に透析になるんですが、それ以外にもやってみたら興味深いものになるネタもあります。
本格的にやる際に紹介するんで、連絡下さい。


(Sさん)言語が違うと思考も変わりますからね。うーん。そしてその体系の違いも、概念上のものでしかないので確かめる術がなく、なんというかもどかしい。
なんと!ありがとうございます!、企画書書かにゃ…。

(Nさん)
小林さんが尾崎カメラマンはイケメンっていったことは間違いじゃないと信じたいっすけどね(><)
素敵な奥様に真相を聞いてみてください(笑)

(尾崎)
相棒の水谷豊を見ている時に、そんなことを聞いたら殺されます。

(Sさん)
雪 が白いのは知っている と仰っていたのが印象に残っています。晴眼者の目で見て晴眼者の言葉で語った世界を教育されて社会に適応するのだなと。晴眼者も教 育されているからある一定の見え方に頼りがちですね。私達写真家はある一定の見えかたを突き抜けるものを作るのが仕事ですが、それを、視覚障害者の人とも 共有する方法が分かれば、すごいことになるんだろうなと思ったり思わなかったり。。文学の仕事かも知れませんが   今回もとても勉強になりました

(尾崎)
この「知っている」を字面通り解釈してしまうと、今回私が勘違いしたように視覚障碍の方でも夢に映像が流れてくる方がいるとなってしまうんだと思います。
ちなみにまた長くなるんで書きませんが、「文学」で例えば小説などは視覚障碍者の方によって読み方が違います。清水さんが質問して頂いた「音楽」に関して二人の視覚障害者で違いがあったのと似たような感じです。
今後ともよろしくお願い致します。

(Kさん)
ヘレン・ケラーのような方をゲストに呼べばもっといろんなことがわかるということですか?

(尾崎)
私の写真教室に以前全く見えないというわけではないですが、ヘレンケラーのように耳が聞こえなくて、目も見えないという方が参加されたことがあります。
ヘレンケラーとは少し違いますが、日本で有名な方で福嶋智さんという方がいます。
日本だと約5000人の盲聾者がいると言われていて、本当はもっと多いと思います。多くの人が知的障碍の複合的な障碍のある方達です。

ヘレンケラーを呼んでも確かに色々わかるかもしれませんが、またちょっと違うかもしれないですね。
今回分かったのは私が使っているこの言葉がどれだけ視覚から成り立っているかということでした。ヘレンケラーの場合、それにさらに聴覚が加わり、視覚障害の方以上に概念の世界が広がる感じだと思います。
私達晴眼者から考えた場合、「神様」「悪魔」「天使」「おばけ」「幽霊」「UFO」などで埋め尽くされているような世界です。

(Kさん)
丁寧な回答ありがとうございます。つまり、「目に見えない物は信じない」の反対ってかんじですね、映像は決して概念では無く、視覚として見えないものは、見えないだけってことですね?

(尾崎)
そうっすね。目に見えないものでも信じていかないと、目が見える人が大多数の人の世界ではやっていけないという感じです。
極論を言うと、映像という言葉を実際はラジオのように音声だけなのに、「映像」という言葉を使っている方がいる感じです。


(Kさん)
なるほど、わかりやすい。
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# by daisukeozaki | 2013-12-01 18:39 | Comments(0)
色々と仕事の合間に書店やbook offなんかでジャケ買が多かったので、その辺の中でいくつか紹介。
よく知られている事件や本もたくさんあるので、興味のある方は読んでみては。

「消された一家−北九州連続監禁殺人事件」
安部公房の「砂の女」では、主人公の男性が逃げれる状態になっても、いつでも逃げれるから大丈夫と考え、現在の環境で居続けることを選ぶという結末だった。
安部公房の人間観察力には舌を巻くが、この事件はまさに一家全員が逃げれる状況でありながら、精神的にも縛られ続け、電気ショックによる虐待を互い与え続 け、惨殺させるという凄惨なものだった。あまりにも残虐な事件であったため、大手メディアも当時はあまり扱わなかったとか。確かにこの本を読むと確実に食 欲は失せる。
次の本の「毒婦」もそうだけど、天才的犯罪者は存在するし、その術中にハマってしまえば、一般人ではどうしようもない。この事件の主犯の松永太もそのような存在であるし、実際、惨殺された一家の中には元警察官も存在する。
主犯と思われる住田被告が拘置所で縊死した尼崎事件も、その後あまり報道されなくなったが、類似した事件として最近クローズアップされていたので、興味のある方はお勧めです。

「脳の中の幽霊」「妻と帽子を間違えた男」
両方、脳科学の本。最近、視覚障碍者関係の仕事で大学の先生とかに会うことも多かったので、とりあえず有名なオリヴァー・サックスを読んでみた感じ。読みやすいし、面白かった。
個人的にはV・S・ラマチャンドランの方が面白かったかも。

「毒婦」
一時期、木嶋被告も吉原で働いていたというが、今までにどうしてこのおばちゃんにこんなにもお客さんがつくのかという人をたくさん会ってきているだけに、 最初はこの人の容姿が良くないのにどうして男はついていくのかというのは、事件の本質を逆に分からなくすると思っていた。
何より、木嶋被告の男に対する洞察力がものすごい。ダメだと思った後に深追いをしない潔さやこの男はどこまですればお金をくれるかというその線引き具合。 体を売っているから、自分の価値を安くしているという価値観はこの人には合わず、この人程、自分の価値を重んじている人はいない。
最後の方に上野千鶴子の言葉の引用で、「援交世代から思想が生まれると思っていた。生んだのは木嶋佳苗だったね。」というのが腑に落ちる。

「グロテスク」
東電OL殺人事件を下地にした小説。途中の明らかにオウム真理教を連想させ‘ミツル’部分と最後の‘わたし’がどういう風になっていくかのくだりは私は少してんこ盛りすぎていらなかったかなと思うけど、スラスラ読めておもしろかったです。
前に誰かと話していたけど、東電のエリートOLが売春をしていたのではなく、売春をしていた人がたまたま東電のエリートOLだったと考えれば、違った見方 が出来ると思うし、既に何百人とそういう方達に会って来ている私としては、そこに‘闇’を求めても何も見えてこないかなぁと思う。実際に事件の方は被害者 の女性は精神が破綻している行動がたびたびみられる。
どうしてそういうことをしていたのかとその理由を聞けたとしても、空に新しい星を見つけたように、その理由が新しく一つ増えるだけなのかもしれない。

「ジョニーは戦場に行った」
私の中では数ある中でもかなり印象に残った反戦小説のひとつ。
その反戦思想が社会に影響を与えるとして、アメリカでは一時期発禁にもなっていた小説。
ジョニーは戦場に行き意識が戻ったときには、そこは病院のベットで、両手・両足もなく、耳も聞こえず、目も見えなく、あごは砕かれ、口がないといった状態になっている自分に徐々に気づいていくという話。
彼はどのように自分が生きていることを人に伝えることができたのか、またそのようになった彼がどのように生きていくことを願ったのか?
「ぼくたちには戦争よりももっと大事なことがある」というすばらしい反戦小説だと思います。

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# by daisukeozaki | 2013-11-27 20:53 | Comments(0)
設営も無事終わり、明日から30日まで企画した展覧会が始まります。
前回のトークイベントの時に「色は概念」みたいに言われましたが、この展覧会をみるとその通りだなぁと感じると思います。
色彩の洪水に酔う感じっす。

「Dream of the light」視覚障がい者の見る夢の世界

会期 2013年11月19日(火)〜30日(土)※11/24(日)は休み

会場 ギャラリーかれん(住所:横浜市港北区大倉山1丁目11-4)(http://karen.or.jp/art/gallerykaren-top.htm

時間 10:30〜17:30 ※土曜日12:00〜17:00

11月30日にトークイベント・交流会を行います。関東圏のアールブリュット関係者も来て頂くと思うので、アールブリュットなどに興味のある方は是非是非お気軽にご参加下さい。

トークイベント
尾崎大輔(写真家) × 岡村純子(NHK記者) × 写真教室参加者 × かれんのメンバー
日時 11/30(土) 15:00~
参加費無料/予約不要
開場 ギャラリーかれん(http://karen.or.jp/art/

交流会 11/30(土) 16:00~
開場 ギャラリーかれん(http://karen.or.jp/art/

協力 日本視覚障碍者芸術文化協会

上の写真は凹凸の写真に色を塗ってもらったもの。
下の写真は複写し、凹凸にしたもの。実際はカラーの絵で、メンバーさんでゴダイゴのタケカワユキヒデ(ガンダーラ〜♪の歌手)が大好きで30年間書き続けている方の絵です。
視覚障碍者の方に触ってもらって、少しでもイメージの世界を広げてもらうつもりです。

是非、よろしくお願い致します。

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# by daisukeozaki | 2013-11-18 21:47 | Comments(0)
今年は色々イベントが多かったですが、これが最後の告知になります。

視覚障碍者の方達の撮影した写真とアウトサイダーアートの作家達のコラボレーション展を東急東横線の大倉山駅にあるギャラリーかれんで来週の19日から30日(日曜休み)まで開催致します。

詳細な情報は最後に記載させていただきますが、かなり面白い展覧会になっています。
昨日の写真展のトークイベントで視覚障害者の方が「色は言葉であり、概念だ」みたいなことを仰って頂きましたが、この展覧会を見るとその通りと思わずにはいられない内容となっています。

また、視覚障碍者の方達に少しでも美術鑑賞を楽しんでもらおうということで、普段メンバーさん達が描いている作品のいくつかを写真に撮って、凹凸に特殊プリントし、触って少しでも認識出来るような試みも行います。

11月30日(土)15時からトークイベント・交流会(予約不要・入場無料)も行いますので、是非ご来場下さい。


以下がその展覧会内容となります。

視覚障碍者の方達とアウトサイダーアートの作家また現代アーティストの作家の方達とのコラボレーション作品展を横浜のギャラリー・ギャラリーかれんで開催致しました。

アウトサイダーアートとは、狭義には知的障碍、精神障碍、視覚障碍などの障碍を持った人によって作成された美術作品をいい、広義には専門的な美術教育を受けなかった人々による美術作品を指します。


普段、私自身の活動の一つとして視覚障碍者と一緒に楽しむ写真教室をやっております。それに伴って、非常勤職員として通う社会福祉法人かれんのメンバー達
に視覚障碍者の方達の撮った写真をもとに視覚障害者達が見ている夢の世界を表現しもらう企画を思い立ちました。私が知り合った生まれてから目が見えない先
天的視覚障碍者の方が、一度も世界を見たことがないにも関わらず、夢にはいつも映像がついてくると話をしてくれたからです。夢の中では世界が'見れる'と
いうのです。

視覚障碍者の撮った写真をベースにかれんのメンバーに色をもらったり、少し付け足したりなどどのようなものが出来るかは未知数だが、興味深い作品になるのは間違いないと思います。
また、視覚障碍者の方に美術鑑賞を楽しんでもらおうと作品を写真で撮影し、特殊加工により凹凸の立体写真を作成し、触ることによって少しでも作品を感じ理解してもらおうという新しい美術鑑賞の試みも行おうと考えております。

タイトルの「Dream of the light-視覚障碍者の夢の世界-」のthe lightは聖書からの語源を取り、「視覚障碍者」という意味を含んでいます。

展示内容は視覚障害者の方々の写真にかれんのメンバーと賛同頂いた現代アーティストの作家の方達が色をぬった作品と普段作成しているオリジナル作品から構成します。

作品から放たれる新しい色や光を感じ取っていただけるような展覧会です。

展覧会の詳細
タイトル 「Dream of the light-視覚障碍者の夢の世界-」

会場 ギャラリーかれん(住所:横浜市港北区大倉山1丁目11-4)(http://karen.or.jp/art/artkaren-top.htm

展覧会期間
11/19~11/30 10:00~17:30(日曜休み) 入場無料

会期中にトークイベントなどを開催致します。その詳細は下記の通りです。

トークイベント・交流会の詳細

トークイベント
尾崎大輔(写真家) × 岡村純子(NHK記者) × 写真教室参加者 × かれんのメンバー
日時 11/30(土) 15:00~
参加費無料/予約不要
開場 ギャラリーかれん(http://karen.or.jp/art/artkaren-top.htm

交流会 11/30(土) 16:00~
開場 ギャラリーかれん(http://karen.or.jp/art/artkaren-top.htm

協力 日本視覚障碍者芸術文化協会

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# by daisukeozaki | 2013-11-12 20:56 | Comments(0)